野坂昭如の死因は病気?嫁や子供・家族もチェック!
Sponsored Link
どうも、今日は。
また、訃報です。
直木賞作家の野坂昭如(のさか あきゆき)さんが12月9日に85歳でお亡くなりになりました。
最近多いですね・・・
なんだか、今日の天気と同じで、くらーい気分になりますね・・・
野坂さんと言えばすぐに思い浮かぶのは
直木賞を受賞した『火垂るの墓』や『アメリカひじき』
そして、レコード大賞作詞賞の「おもちゃのチャチャチャ」の作詞と、
才能あふれる方でした。
今回は、野坂さんについて調べてみようと思います。
野坂昭如さんのプロフィール

名前 : 野坂昭如(のさか あきゆき)
生年月日 : 1930年10月10日(没没85歳)
出身地 : 神奈川県鎌倉市
血液型 : O型
こんな感じですが、
野坂さんは、とにかく才能のある方で、作家以外にもたくさんの顔を持っているんです。
放送作家としては阿木由紀夫、
シャンソン歌手のクロード野坂、
落語家の高座名は立川天皇(てんのう)、
野末陳平さんとの漫才コンビではワセダ中退・落第など、
というジャンル別に多くの芸名を持もあるんですWW
歌手「クロード野坂」の代表曲に
『黒の舟歌』
『マリリン モンロー ノーリターン』
そして、本人出演のCM曲『サントリーゴールド』
CMソング『ダニアースの唄』も面白かったですよね〜ww
しかも、政治家も・・・
政治家としては、落選も多くて、
田中角栄さんの対抗馬として、政治批判のために出馬したのは有名ですね〜
1983年に参議院比例代表で当選しています!
性格
性格的には
豪傑で破天荒なイメージですよね〜
酒豪で、酒乱(?)でも有名で、
大島渚監督との大げんかは世間の注目を浴びました!!
(大島監督と女優小山明子さんの真珠婚式の挨拶の時に、大島さんが野坂さんが帰ったと思い挨拶の順番をとばした。
実は帰っていなくて、
すでに酔っ払っていた野坂さんが「わざと俺をを忘れただろう」
と
大島監督の左頬にストレートパンチ、
負けずと大島監督も持っていたマイクで野坂さんの顔面を叩いたという事件)
なんとも、お酒が入ったせいといっても・・・大の大人が、ねぇ〜WW
そういえば、とんねるずに説教した話もありましたね〜
ダウンタウンともひともめありましたね〜
そんなトラブルメーカーのような野坂さんですが、
無類の猫好きで、ユーモアがあり、お茶目なところも多くて、
憎めない人のような気がします!!
若い頃に一緒に仕事をしていた野末陳平さんも
「優しい人だった」と言ってます!!
Sponsored Link
家族について
奥さんはジャンソン歌手の野坂暘子さん
芸名は藍葉子さんというらしいです。

奥様の介護の様子が描かれてますが、
献身的な介護の様子や夫婦の仲の良さが滲み出ています。
子供さんは、女の子が二人。
長女の野坂麻央さんはお父さんと同じ作家さんです。
もちろん結婚していて1男1女のお母さんです!
次女の亜未さんは歌舞伎囃子方の十三代目田中傳左衛門さんとご結婚されています。
二人とも、宝塚歌劇団で娘役をしていたそうで、
私は知らなかったんですが、麻央さんは「花景美妃(はなかげ みき)」
亜未さんは芸名「愛耀子(あい ようこ)」という名前で
活躍していたそうです!
少年時代には2人の妹を亡くされていて
そのうちの一人は
野坂さんの代表作の『火垂るの墓』にあるように
戦争に負けたため、餓死しています。
戦争時代の悲しい出来事ですが、
そういう貴重な話を知っている方がまた一人亡くなったということは悲しい限りですね・・・
死因
野坂さんは、9日の夜に意識がないのを奥さんの暘子さんがみつけ
病院に搬送しましたが、
残念ながらお亡くなりになりました。
追記:死因は誤嚥性(ごえんせい)肺炎による心不全だそうです。
誤嚥性肺炎とは、
水や食べ物、胃食道逆流物などが誤嚥によって肺に入ってしまい、
細菌が繁殖して炎症を起こすことで起こる
だそうです
元々、2003年5月26日に 脳梗塞で倒れていて
その時に
驚異的な回復で、2週間で退院したというニュースを覚えています。
最近もリハビリを続けながら
『月刊誌新潮45』『毎日新聞』『週刊プレイボーイ』などで執筆活動執筆活動を続けているときいてましたが・・・
心からのご冥福をお祈りいたします。
Sponsored Link